自由の横暴
いきなりですが、ブログのタイトルが「想い」から
「涙の子守唄」に変わりました。
突然ですみません。 また突然変わるかもです。
自由という言葉は、ものすごく強い言葉である。
なぜなら、人の自由を侵してはいけないということは
わかっているので、「なにをしようが個人の自由だ」
と言われた場合、なかなか反論できないものです。
自由という言葉を連呼する人は、自由という言葉の
強さを知って、連呼するに違いないと考えて
います。
良く、巷で言われていることですが、自由と権利を
はき違えている人が多い、と聞きます。
自分もその通りだと思います。
自由は素晴らしいものです。 自由が侵される
なんて想像しただけで恐ろしい。
しかし、当然ながら自由だからと言って、なにを
やってもいいわけではないのです。
しかし、教養のない人にはその理屈は通用しない。
自由=自分の好きなことをやる、そのためには人に
迷惑がかかろうが知ったことではない。
法に触れなければなにをやってもいい・・・。
そう考えている人に、本当の自由はありません。
ある、香港の映画俳優が言っていました。
「自由を得ると、人は利己的になる。」
名言だと思います。
まさしく、今の日本人がそうではないでしょうか。
自由の名のもとに、利己的な人のなんと多い
こと。
それによって、失ったことのなんと多いこと。
自由とは、人間の教養がためされる時です。
教養がない人にとって、自由とはなにをやって
もいいことなのです。
教養のある人は、自由を楽しめるのです。
それが自由の本質だと思います。
自由の横暴ほど恐いものはないと、個人的には
思っています。
自由の名のもとに、利己的な人が増えるから
です。
しかし、自由とは人を試す絶好の機会でもある
と思います。
自由に対してどう考えているかでその人の
個性が出るのではないでしょうか。
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