ノラの母親に想う命の大切さ
我が家の庭にノラ猫がたまに来る話は以前にもしたことがあるかと
思います。
そのノラ猫も子育てのシーズンです。
あるノラの母親猫。 自分で産んだ子猫をほったらかして丸一日
行方不明になっていました。
通常、母猫というものは、子供を残してどこかに遊びに行くなんてこと
はしないものです。
なので、どこかで・・・といやな予感を持っていました。
しかし、そのノラの母親猫は帰ってきました。
右目を真っ赤に腫らして。
腫らすというのを通りこして、右目が目の中から飛び出さんばかりに
なっていました。
そしてフラフラになって帰ってきたのです。
想像ですが、人間に石でもぶつけられたのではないかと思っています。
心ない人は、意外と存在するのは事実ですから。
そのノラの母親猫は、わが子のところに戻ってきて、目を腫らしたまま
お乳を飲ませていました。
その姿は完全に弱っていました。
その状態では助からないだろうと思いましたが、腫れを治す薬を以前
獣医さんからもらっていたので飲ませました。
繰り返しますが、ノラ猫です。 ノラ猫は、普通、人間から薬を飲まされる
なんてことはないです。
では、抵抗したかといえば、まったくといっていいほど抵抗しませんでした。
つまり、それだけ弱っていたということです。
その薬は一つしかなかったので、後は運を天に任せるだけでした。
そのノラ猫の母親は、驚異的な回復力で目の腫れも治してしまったのです。
正直、驚きましたね。 まさしく母は強しです。
少し右目が開かないのですが、目も見えているようです。
あれは薬の力もあったのでしょうけど、母性本能による力のためといった
方が適当かと思います。
心を打たれました。
その後、子猫たちはそれぞれ巣立っていきました。
一匹だけ、まだ我が家の庭をうろついていますが。
それを見て思ったのは、ノラの母親猫は、命がけで自分の子供を
育てたのです。
フラフラになって、目を真っ赤に腫らし、痛いかったと思います。
おそらく熱も出していたと思います。
それでも、わが子の元へ帰ってきてお乳を与えていたのです。
ノラ猫といえど、そうやって命がけで子供を育てるのです。
これを感動といわずなんというでしょうか。
ここから学ぶことは、命の大切さです。
どんな命でも、それを授かり、育てるにはそれぞれのドラマがある
ものです。
だとするならば、それを粗末にしたり、粗末な言い方で侮辱するような
ことを言ってしてはいけないことだということです。
本当に命あるものならば、それが出来て当然かと思うのです。
現代人はどうでしょうか。
人を人と見ない人間のなんと多いことか。
命を粗末に扱う人のなんと多いことか。
それが自分の命であれ、他人の命であれ同じです。
命がけで育てられ、命がけで守られたものだという自覚がないから
自分の命も他人の命も大切に出来ないのではないでしょうか。
ノラ猫といえども、我々人間は、学ぶことが多いように思いました。
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コメント
こんにちは。僕も猫が大好きなので猫の話はよく読ませていただいてます。お話にもあるように僕も以前猫から教えてもらったことがあります。それは親切とお節介は紙一重だということです。そのことがあってからは少し考えて行動するようになりました。そのときはとても大切なことを教えてもらったと思いました。P・S猫は可愛いですよね。
投稿 有坂麗麻奈 | 2007.05.31 21:12
有坂麗麻奈さん、こんばんは。 コメント、どうもありがとうございます。
「親切とお節介は紙一重」。これは重い言葉ですよね。
猫は気まぐれな性格な感じの猫が多いので、それは常に僕も心に思っていることです。
相手が猫ならまだいいとして、人間相手だと本当に難しいです。
しかし、それをなんとか乗り越えなければ人間は成長しないのだろうなと、猫の寝顔を見ながら
思ったりしています。
ところで、有坂麗麻奈さんは女性のような名前ですが男性なのですか?
投稿 若林 了 | 2007.06.01 20:25