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2008.10.29

当然だよ

点数合格なのに「見た目」で不合格、神奈川県立高で22人

 これは賛否両論あるようですが、自分はこの高校のやり方は
当然だと考えています。

理由は簡単。   高等学校ですよ。   義務教育ではありません。
高校側だって生徒を選ぶ権利はあるわけです。
この権利って言葉はあまり使いたくはないのですけどね。
でも、使いたくなる気持ちもよくわかるんです。
爪を伸ばしていたり髪を染めていたり、やたらスカートが短いとか
眉毛を剃っていてないとか、ズボンをずり下げて履いているとか・・・。

高校の入学試験ということは、受験する人たちは中学生なわけです。
それがひどいかっこうをしてたら、受けいれる方はドン引きするのは
当然だと思います。

正論をいえば人は見かけで判断は出来ません。
これは正論。
しかし、人は見かけで判断されてしまうという現実はある。
この現実というをわからせるのも教育でしょう。
髪の毛染めてるだなんてことを許している親も親。
そんな親が付いてる生徒が入学してきたらと思うと高校としては
戦々恐々でしょう。

これに反対する高校生は、「人を見た目で判断してはいけない」
と正論に訴えるでしょうけど、そういう女の子(限定で)に限って
好きなタイプは「イケメン」とか言うんですよ。

まずは、その矛盾した自分の考えを正してから主張しなさい。

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2008.10.28

たまたま自分の隣になった人への想い

 先日、とある行列にならんだんですよ。
それなりに大きなイベントだったんですけどね。

列の隣に女の子が二人組みがいました。
すぐ隣の女の子の手首からひじにかけて、いわゆる
リストカットの跡がもう数え切れないくらいありました。

この女の子は、すごく悩み、生きたくて生きたくて仕方
ないけど、それを上手く活かせないとか相談する人が
いないとかその人でなくてはわからない悩みがあるの
だろうなと思いました。
自分は単純な考えでしょうか。

リスカしてる女の子(もちろん男も)がたくさんいることは
知っています。
しかし、人をあまり注意深く見ないことが多い自分にとっては
あれだけのキズあとを見たのは初めてだったので、心の中
では驚きはありましたよ。

心の中で、諦めないで生きてほしいなと、今後の人生に幸が
多いといいなと思いました。
たまたま隣になった知らない女の子でしたけど。

先日、特急電車に乗りました。
特急の利点としては当然のごとく早い。   
椅子がいい。
車内販売がある(買わないけど)。
車掌さんが見回りにくる。

などがあります。

しかし、デメリットもあります。

指定席で乗った場合、隣にイヤな人が座ってしまった時など
逃げ場が事実上ありません。
これは本当に不快ですよ。
特急ですから、まぁ1時間以上は乗ってるわけです。
その間、隣の人がひどい酔っ払いだったり、何を考えている
のかわからない人だったら怖いじゃないですか。

その点、各駅停車の電車はすぐに移動できますけどね。

で、特急に乗ったら自分の隣の人は中年のおじさんでした。
上着を窓際の取ってにかけていたのですが、それを触った
とたん、代に置いておいたペットボトルを倒してしまい床を
お茶だらけにしてしまいました。
「ついてねーな」とそのおじさんは言っていました。

思うのですが、ペットボトルの飲み物は、飲んでいる間も
すぐにフタを閉める習慣がある人とない人がいます。
自分などは場所はどこであれ、必ずペットボトルのフタは
閉めます。
とにかくフタのあるものはなんでもフタを閉めないと気が
済まない性格してます。

なので隣のおじさんのドジっぷりは、いい勉強になりました。

いろいろな人との出会い、それが旅。    それが人生。

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2008.10.27

レベルが低すぎる

 昨日の日曜日の話題で申し訳ないのですが、ある番組
であるタレント評論家(こう言っていいと思います)が、
のら猫やカラスにエサをあげる問題について言った言葉。

「ノラ牛っていないですよね」

真顔で言いましたよ。
驚きましたね。

日本のテレビ番組というのは、このレベルでテレビに出演
してギャラがもらえるわけですよ。
これではどっかの国の総理を批判もできまい。

それにしても涙のない世の中になったなと、タレント評論家
の意見を聞いていて思いました。
法律だの条令だのってのをたてにすると現代人は強くなる。

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2008.10.25

愛したければ理屈を抜きに

 一般論だが、男は理屈っぽいところがあるというか
理屈が好きである。

たとえば、車の話。
「何CC?]とか聞いてくる。
つまりは、車の性能が大切なのである。
それはそれでこだわっているのだからいいのです。
問題は理屈っぽくなること。   それはつまり性能ばかりに
目を向けて車の運転やマナーなど度外視してること。

そういうのを理屈っぽいと自分の中では定義しています。

最近、ネットの掲示板を見て回っていてもネットの普及である意味
では容易にいろいろな情報を手に入れることができる。
もちろん、雑誌でも。

ネットの掲示板に書かれていることを良く読むと、中には
どう考えても雑誌に書かれていることをそのまま書く輩も多いが
それなりに色つけして自分は知識があるということを言いたい
輩も星の数ほどいる。
こういう人と話合ったら大変だろうなと思ったりします。

情報をあらゆる手段で集めることは自分の知識になるわけだから
それはそれで大切なことだと思います。
なにもしないよりはましでしょう。

しかし、得た情報をそのまま自分の頭に入れてるだけでは
ただの頭でっかち人間でしかないのではないでしょうか。

大切なのは、いろいろな情報なり人の意見を聞く素直な性格と
ともに、自分の頭で考えるということではないかと思うのです。
それが出来ない人は、情報に洗脳されてしまうだけでしょう。

そういう輩がやがて理屈だけの人間、もっといえば面白くもない
自慢話ばかりする人間になってしまうのではないかと思うのです。

人と違った意見を言うのは、今の日本ではかなり勇気がいる
ことでもあります。
なぜか、民主主義の国の日本でも人と違った意見を言うと
阻害されてしまうというなんともおかしな風潮を引きずって
いるところがあると思うのです。

しかし、雑誌やネットの情報がそうであれ、自分はこう思うや
こう考えるやこれが好きだということが出来ない人に人は
愛せないと思うのです。

ましてやテレビでタレント評論家のわけのわからない意見のどに
振り回されるなんておかしなこと。
彼らは週刊誌を読んでいればわかるようなことをちょっと色づけして
言っているだけということは、日ごろから情報を集めつつも自分で
考えることの出来る人ならすぐにわかることでしょう。

女性の中には、自分をブランド物で飾れば美しさが身につくという
考えを持っている人は多いでしょう。
しかし、いくら高価な服を身にまとったところでガラが悪かったり
言葉使いが悪かったり、電車の中で化粧までしてしまうようでは
なんの魅力もありません。

ネットとメールしかやらないのに、クワッドのCPUを積んだパソコン
は必要ないでしょう。
しかし、理屈っぽい人は、女はブランドだと言い張るし、パソコンに
おいてCPUは頭脳だと言い張り、その前のマナーなどは二の次に
してしまっている。

見る人が見れば見抜かれてしまうことなのに。

そうした外側を飾り中身のない人には、人を愛することなど出来ない
に違いない。

愛は理屈ではないのだから。

頭でっかちでは、人は愛せない。

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2008.10.23

昨日の記事で

 総理大臣がホテルのバーでって話。
予想以上にテレビで取り上げられてましたね。
正直、驚きました。

驚いたというのは実は総理大臣の擁護に周る人が多いこと。
総理として仕事してくれればどこで何をしてもかまわないと
いう意見。
一見して正しいように聴こえるけどそうでしょうか。
国民は、毎日苦しい生活してるってのに一国の総理が
ホテルのバーで酒飲んでいたらいい感じなんて持たないと
いうのが素直な意見でしょう。

一番上に立つ人が一番苦労してる姿があれば、その国は
うまくいっているといっていいと思います。
そうじゃないから批判されたのでしょう。

スーパーでの試食やタクシーの運転手さんへの話しかけは
パフォーマンスだということくらい、現代人は見抜くことは
出来るのです。


そうそう、某キャスターも総理を擁護してたな。
前は、「総理はスーパーなんて行かないでしょう」と言って
いたのに、手の平を返したように擁護に周った。

大人ってなんか・・・ね。

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2008.10.22

わかるわけがない

 先日の日曜日の話になるのだけど、とある国の総理大臣が
スーパーを視察して言った言葉。
「バターが売りきれてると聞いたのだけど、バターはあったねぇ」。

どんだけズレてんだよ。

さらにタクシーの運転士さんにもテレビカメラを意識しながら話しかけて
いたけれども、それを見て「この総理は庶民的だ」なんて思う
日本人はどれだけいるだろうか。

その後のディナーは某高級ホテルだったそうな。
まぁ、子供のころから家にヒツジがいるようなお家柄で育った人に
庶民感覚をわかれといっても無駄でしょう。

わかるわけがない。

それを報道していたキャスターもうわさだけれども自給に
すれば800万はかせいでいるという人が「総理はスーパーで
買い物なんかしないでしょう」と批判的に言っていたけれども
そういう貴方もスーパーには行かないよね。
偽装大国日本。

品川駅前のホテルの社長の薄ら笑いにも似た寒々しい
想いを感じた一日でした。

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2008.10.21

デジタルカメラとフィルムカメラの価値観の違いにみる愛

 ブログのタイトルに「愛」という言葉を使うとアダルトブログか
出会系ブログがトラックバックされるのですが、見つけ次第
プロバイダーに連絡して二度とトラックバックできないように
しています。
と、書いても無駄でしょうけど。

人間同士というものは、それぞれに価値観を持って生きて
います。
それが同じでないとうまくいかないというのは自分も同意
です。   その通りだと思います。
ましてや、それが男女の愛ともなれば・・・ですが。

しかし、価値観の違いにもたくさんの考えがあると思うので
一概にはいえませんが、愛においては価値観の違いも
乗り越えられるのではないかと勝手に想像しています。

その例は強引ですがカメラです。

今のカメラはデジタルカメラが主流です。
自分自身もデジタルカメラしか使わないです。

しかし、だからといってフィルムカメラを否定するような考え
は持っていません。
なぜなら、フィルムカメラもデジタルカメラもカメラはカメラ。
写真は写真だからです。
どちらも元は同じだからです。

が、こうした考えを持たない人もいます。
デジタルカメラはタダだ、と主張してやまない人たちです。

自分としては、デジタルカメラはタダだとは思っていません。
それは自分の使い方に起因しています。
自分の場合は、撮った写真をすべてではないにしろ、かなりの
数を印刷します。
8色インクのプリンタで印刷していると、驚くほど早くインクが
なくなっていきます。

写真用紙の紙の代金もものすごいです。
ぜんぜんタダではないのです。

というと、お店プリントにすれば多少は安くなるのではないか
いう人がいますが、自分は自分の信念として自分で印刷
しないと気が済まないのです。

こだわる方ならわかってもらえる価値観かと思います。

つまり、デジタルカメラが好きな人同士の間にも価値観は
存在するのです。

ましてや今でもフィルムカメラが好きだと言い張ろうものなら
「フィルムはお金がかかる」と言い張ってやまない人がたくさん
います。
そのフィルムよりもデジタルという人の意見の多くの根底に
あるものは「金」なのです。

フィルムカメラが好きな人にとっては写真が好きなのであって
たとえデジタルでタダで写真を撮っても得したとかという価値観
そのものがないと思うのです。

そういう考えはそれはそれで尊重すべきだと僕は考えています。

しかし、今の社会では他人の考えや価値観を尊重するということ
が出来ない輩がたくさん存在することもまた事実です。

つまり、なにが言いたいのかというと、カメラ好き同士であっても
デジタル派とフィルム派が存在する。
お互いに同じカメラ好き、写真好きなのだから同じ価値観を
持っているのではと外側からは見える。
しかし、そんなことはなかったりするのが大多数。

だが、普段、デジタルカメラしか使わない人であってもフィルム
カメラを尊重することのできる人も間違いなく存在する。

そういう人であるならば、自分の愛する人と自分の価値観が
微妙に、または大きく違っていても相手を尊重するという心の
広さと聡明さがあればうまく愛を存続させていくことが出来る
のではないかと思うのです。
デジタルカメラとフィルムカメラの考えの違いと、愛の価値観の
違いを結びつけるのは強引かもしれない。

しかし、相手の考えを尊重しない人に上手い写真やマナーは
求められないでしょう。
そういう人に人を愛するという大事業は出来ないでしょう。

そんなことを想った、秋の一日です。

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2008.10.18

理解できます

 「ずうずうしい人が憎い」

この方の気持ち、痛いほどよくわかります。
自分の場合、何日も寝込んだりはしませんけど、この気持ちは
よくわかるという人はたくさんいるのではないでしょうか。

今の世の中は、ずうずうしい人が多くてそういう人が得を
しているのが現実です。

というと、よく因果応報という言葉を用いる人が多くいますが、
自分も因果応報という言葉が好きなのでその通りだとは
思います。
しかし、現実はどうでしょうか。
本当に因果応報なのでしょうか。

いいことも悪いことも自分に返ってくるというのは正論でしょう。
しかし、本当にずうずうしい人ほど悪運が強かったりするのが
現実だと感じてる人が多いのも事実でしょう。

今の世の中、この相談者のように思う人の方がよっぽどましな
神経してると思います。
しかし、このことを公に宣言でもしようものならすぐに「頭がおかしい」
とか言われかねない社会です。
それは世間の方がおかしい。

ずうずうしい人の罪は、そのずうずうしい人そのものが罪だけでは
なく、ずうずうしい人はずうずうしい人を作っていくというのもまた
罪なのです。

つまり、まじめに生きてきた人もずうずう人に苦しめられて理不尽な
目にあったりしているうちにまじめに生きるのがアホらしくなり
自分もいつのまにかずうずうしくなってしまうという展開。
これを作ってしまうのもずうずうしい人の罪です。
現代はそういう人が多いので、その色に染まらない人はこの方の
ような悩みを持ってしまうのでしょう。

なんという不条理。


こうした気持ちにならないためには、ずうずうしい人を見たり苦しめられたり
した時にそのつど怒ればいいのです。
怒れなかったことは、その後も尾を引いてしまうからです。
しかし、これもまた難しい問題で、その時は怒らないのではなく
意味がわからなくて怒れないというのが現実なのではないで
しょうか。
決して怒らなかったわけではなく、何がなんだかわからないまま
自分とはまったく価値観の異なるずうずうしい人に苦しめられた。

それをずっと引きずってしまっている。
だから今も憎いという気持ちを持っている。

過去に怒れなかったことは仕方がない。
もう、ずうずうしい人に対する憎まれ口でもいいので紙に相手を
罵倒するようなことを書いてゴミ箱に捨てる。
こうするしかないような気がします。
お答えになっている方の空を見るのもいいですが、それだけでは
気持ちが晴れないように思うからです。

いずれにしろ、ずうずうしい人というのは社会にとって敵です。
ずうずうしい人がずうずうしい人を作ってしまう。
この悪循環、どうしてくれる。

相談者は数日間も引きこもってしまうという。
自分はこのことを責めることは出来ません。
心の純粋な正義感の強い人ほど理解できることではないかと
思うのです。
でも、世間はそれは大げさだと批判するでしょう。

自分は絶対に違うと思いますけどね。

涙のある人が損をするような現代。

我々の生き方が問われていると思うのです。

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2008.10.16

気持ち・・・

 前回のブログで書き忘れたのですが、これはさすがに女子高生
レベルではいないようですが、腰にいれずみを入れている女性を
たまに見ますが、あれも見せられる方はたまったものではないですね。

腰に入れるということは、ローライズのパンツから見えることを前提に
してるというところがイヤです。
こう思う人ってけっこういるように思うのです。

もちろん、個人的にも非常に不快ですが。

夕方のニュース番組で娘の命を奪われてしまった母親の特集を
していました。
被害者はもちろんのこと、そのご家族の方の悲しみは想像を
はるかに超えるものです。
であるならば、なぜ警察は動かなかったのでしょうか。
疑いのある男が覚醒剤で逮捕されたならば、その男と一緒に
生活をしていたと思われる女性が行方不明になっているのだ
から当然、その男がなんらかの事情を知っているであろうと
思うのは素人だって出来ます。

警察もその地域や人や上司によってかなり差があるようです。
本来、そんなことではいけないはずなのに。

それにしても、あの女性の命を奪った男の顔のとぼけたのを
見ると心の底から怒りがわいてきます。
ご家族からすれば、もう怒りのぶつけようがないと思います。

そんなことを夕方のテレビを見て思いました。

さらに思ったこと。
最近は、コンビニやコーヒーチェーン店やファースト・フード店や
アイスクリーム・チェーン店で買った食べ物を持ったまま、つまり
食べ歩きしながら他のお店に平気で入っていく人をよく見かける
ようになりました。
洋服屋さんをはじめ、あらゆるお店で見かけます。

本屋さんなどでは、店頭に「飲食物の持ち込みはしないでください」
と張り紙まで張ってある。

個人の道徳観の欠如を見た思いです。

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2008.10.14

わかってないな

 雨が降っているのに靴のかかとを踏んでいるのと
夏に白いブラウス着てるのに下着が透けて見えていて平気な
顔してる女子高生はなにもわかっていない。

親の顔が見たい。

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2008.10.13

愛と孤独

 人を愛することの出来る人間になるには、まずは
孤独の苦しみを知らなければならないと自分は
考えています。

孤独という言葉を使うと、すぐに友達がいないのかとか
家族がいないのかいうことになってしまう傾向がありますが
そういうレベルでの孤独ではありません。

誰でも心の隅にある意味での孤独です。

誰にでもあるならば誰にでも感じることがあるのだから
誰にでも人を愛する能力があるではないかという話に
なっていくと思いますが、ここではそういう話はしません。

孤独を感じたら、それを生かすことが出来ない人間に
人を愛する能力などないのです。

また、愛されたとしても、その喜びを感じることもないでしょう。

人は孤独を感じてこそ真の意味での人を愛することのできる
人間になるといっていいと思っています。

ただ、あくまでも孤独であって、寂しいから人を愛するという
こととは大きな違いがあるのです。
寂しいからというのは、正確にいえば愛ではありません。
そういうのは、出会い系とか暇さえあれば携帯電話をいじって
いるような人のことを言います。

そういう寂しさを紛らわすために人を愛した感じに酔っている
だけです。

人を愛するということは、そんなレベルでは出来ない行為
なのです。
だからこそ崇高なものなのです。

人は孤独を感じて自分ひとりでは人間は生きているものでは
なく、この世に生かされているものだと感じて、人や世の中に
感謝する気持ちを持ってはじめて人を愛するという行為が
出来るようになります。
人間として正しく正直に生きていれば必ず孤独を感じるもの
です。

今の世の中は不条理に満ち溢れています。
その中で孤独を感じない人はいないでしょう。
そうした感受性こそが人を愛する力を持たせるのです。

愛と孤独は密接に結びついているといっていいでしょう。

愛とはそういうもの。


今日、午後に歓楽街を歩いてみました。
不況の影響で閉じられしまったお店が多いかと思いましたが
自分の見た感じではそうでもなさそうでした。

もちろん、夜に歩いたらまた違うのでしょうけど。

株で損した方、残念でした。

株をやっていない方、いいトバッチリをくらいます。

この不景気、どうすりゃ抜け出せるのか。
もはや個人の努力ではどうにもならないところまで来てしまって
いるではないか。

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2008.10.09

経済のお話

 株価も暴落してますね。

自分は株はまったくやりませんが、だからといって
まったくなんの影響も受けないわけがない。

ここで学ぶべきはお金持っている人にはお金を持って
いる人なりのリスクがあるということ。
それを理解しなければならない。

というと、お金持っているからといって株をやっている
とは限らないとか言う人いると思いますが、それを
いったら株をやってないから株の暴落なんて関係
ないと言っている人と同じです。
おおいに関係あるのです。

お金持っている人は、無くす額も半端ではない。
豪邸に住んでいる人は、その豪邸を手放さなければ
ならない。
高級車に乗っていた人は、その高級車を手放さなければ
ならない。
これはずっといい思いをしてきた人にはかなりこたえる
はずですよ。

一生、ずっとお金持ちでいることはまず不可能ですね。

それにたとえあったとしても、それ以外のことで人間は
いろいろと悩みます。

人生とは、そういうもの。

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2008.10.07

自分を貫くということ

 自分の考えを貫くということは言葉にすればカッコいいし
聞こえもいいけれど、現実にそれが出来ている人は数少ない
と思います。

人間というものは、誰しも弱いところがあって当然なので
それはそれで責めることは出来ません。

しかし、世間になんと言われようと自分を貫かなければ
ならない時は、必ずくると思うのです。
それもまた人生だから。

人からいろいろ言われたらキズつくことも多いと思います。
しかし、自分で「これは正しいのだ」と思ったら、それは
貫かなければいけないのです。

世間は、人を見下したり悪く言ったりバカにしたりはしても
困った時に助けてくれたりはしないもの。
そういうもの。
最初から世間に甘えたりしないことです。
もちろん、世間であれ、なんであれ甘える気持ちはなくても
わかってほしい気持ちになることは多々あるとは思います。

それはいいのです。  それはいい。

でも、自分を貫いて生きるということは想像以上に辛く
険しい生き方なのです。
それを覚悟で自分を貫く。

自分の考えを持つ。

どんなに苦しくても自分を曲げない。

しかし、それが人生だ。

それが出来なければ人を愛するなんて出来るはずもない。

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2008.10.02

愛はぬくもり

 愛とはぬくもりである。

人はぬくもりを求めているもの。

どんなに強がっている人でも、弱い人や弱い立場の人であっても
ぬくもりを求めているもの。

だからこそ、愛はぬくもり。

安心していられる場所や精神状態でなければ心の平和も得られない
でしょう。
だからこそ、人はぬくもりを求める。

愛とはぬくもりである。

現代人が今、もっとも求めているものではないだろうか。

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2008.10.01

想うこと

 嫉妬してると誤解されても困るのだけど、自分のブログ
とかプロフに恋人自慢してる人はどうかと思っている。

理由は、本当の愛とか恋愛というものは人様に見せびらかせる
ものではないからです。
隠す必要もないが、世界に見せるものでもないかと思います。

まぁ、どうでもいいか。

人事だから。

と、思いました。

自分、どんだけ暇なんだよ。

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