今日の想うこと
本日、午後に自動販売機で缶コーヒーを購入しました。
そしたら自動販売機が喋りだして「30秒以内にボタンを
押してください」とのこと。
まさかと思って別の飲み物のボタンを押したらなんとちゃんと
もう一本出てくるではないですか。
自動販売機の当たりとかって以前からあったけど、本当に
当たるかどうか怪しいものだと思っていた自分にとっては
目からウロコでした。
ましてや潰れた店の前に置いてある自動販売機だったから。
僕の意見としては、この定額給付金は大反対です!
一人、約1万2千円って。
いまどき子供のお年玉じゃないんだよ。
なんで大の大人がお金がもらえるって喜んでいるのか自分
には理解できません。
誤解されないように書きますが、自分は金持ちでもなんでも
ありません。
むしろ貧乏。
どっかの総理大臣が言ったみたいなプライドが高いから受け取る
のがいやなわけでもありません。
こういうやり方自体が気にいらない。
国民をばかにしてる。
それにリンク先の記事にあるように、ホームレスの人達や
ネットカフェ難民の人にどうするのかという問題がある。
住所が不定の人達もたくさん存在するのが現実でしょう。
これを決めた人は、そういうところにまでは想像力がきかない
のでしょう。
この定額給付金に賛成してる人達の意見の多くは、「もらえない
よりもらった方がいいのだから・・・」というなんとも大人気ない
意見なのである。
そういう人達は、もう目の前の1万2千円しか見えていない。
もう1万2千円の現金しか見えていない。
給付金を決めた人も実行しようとしてる人も、この制度に賛成
してる人も、目の前の1万2千円しか見えていないのである。
しかし、所詮は現金。 愛ではない。
この1万2千円を受け取って、「少しだけど現金でもらえて良かった」
などと感じる人が多ければ多いほど、政府によって国民はずっと
見下され続けるに違いない。
「下々の輩なんて、適当に金をばらまいておけばそれで喜ぶんだ。
これからも選挙で負けそうなときにまたやればいい」
と思われるに違いない。
そんな目の前の現金に目を奪われていると、とんでもないことが
起きるに違いない。
でも、そうなった時には定額給付金なんてもう忘れているだろうけど。
「木を見て森を見ず」という言葉があるけれど、1万2千円しか見えて
ない人は、目の前の可愛いタンポポしか見えてない。
そのずっと奥に広がる森が見えてない。
森から見てタンポポなんて小さすぎる存在である。
そんなもので景気が回復するわけがないだろうに。
それよりも消費税を3ヶ月くらいなしにした方がずっといいと個人的には
思っています。
この被害にあった受刑者はキズついたでしょう。 当然だけど。
悪いのは刑務官の方。 当然。
個人的にどうも釈然としないのは、なにか悪いことをやったから
刑務所に入っているわけでしょう。
まぁ、それとこれとは別だと言われれば別だけど。
別と考えてもこの受刑者には弁護士という強い味方がいる。
だから発覚したといってもいいでしょう。
普段、我々の生活にもひどい差別や偏見やいじめはあるわけです。
でも、時として誰も助けてくれない。
または、むしろ被害を受けた方が悪く言われてしまうから被害に
あっても黙っているという人も少なくないのが現実。
そう考えると、つくづく刑務所の中は人権があっていいなと
思ったりもするわけです。
やっちゃいましたね。
警視といったらエリートコースを歩んだ人でしょう。
下世話な話、退職金とかはどうなるのでしょうか。
よく、報道で「あれだけ酒を飲んで車を運転してはいけないといって
いるのになぜ?」と言っているのだけど、こういう輩は、自分だけは
大丈夫だと思っているのだから、どんなに厳罰化を進めても残念
ながらダメなんだと思う。
被害にあった人はたまったものではない。
現代の日本人は、なんでもすぐに法律に頼りすぎる。
しかし、頼らなければならない現実がある。
この矛盾と戦わなければならない不幸がある。
この愛と涙なき社会。
どう生きていくか。
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