ココログが6月からログイン方式を変えるとのことです。
自分なりにやってみましたが、新しい方式だとどうしても
ログインが出来ません。
原因不明。
最悪の場合は、このブログからどこかに引っ越すかも
しれません。
その方がいいのかもしれませんが。
先日、ある全国紙を読んでいたら読者投稿欄に「なんでも
安く売る風潮に疑問」をいう感じのことが書かれていました。
たとえばキャベツが一個で10円というもの。
確かにキャベツにしろ何にしろ一個10円だなんて、それを
作っている農家のかたがたの苦労をなんだと思っているの
だろうという話になるわけです。
安く買い叩かれたであろう、農家の人を思う、そうした想像力
というものをなんでも安ければいいという風潮の中に見出す
ことは出来ません。
数年前はあるテレビで100円ショップの特集をしていました。
そこに主婦の人が出てきて、「ねらいの商品は倒産品よ」
と言っていました。
つまり、会社が倒産する。 そこの商品が100円ショップへ
と流れてくる。
だから通常ならばとても100円では売ることのできないもの
が100円ショップの店頭に並ぶ。
それを狙って買って喜ぶ主婦。
僕はそれを見て背筋が凍る思いをしたといっても過言では
ないですね。
そこには人の不幸の上に自分の幸せを築こうとする不快な
心理を感じました。
当の主婦は、そんなことはまったく自覚してないでしょうけど。
会社が倒産する。 おそらく社長や役員はすべてをなくして
しまったかもしれない。
というと、すぐに「自己破産すればいい」という事務的な意見が
出てくるのですが、そういう問題ではないでしょう。
一生懸命に開発して作ったものが、不況の名のもとに100円
ショップの店頭に並ぶ。
どんな想いでそれを見ているのだろうとか、その主婦は想像すら
しないに違いない。
倒産した会社で働いていた人達。 中にはその子供が学校を
辞めなければならなくなる事態だってあるでしょう。
まぁ、こういう考えはあまりにも勝手な悲観的な想像によるもの
ですが、現実にそういうことは起きている。
だから会社が倒産して、そこの商品が100円ショップに周って
くるのを喜ぶというのはおかしいことなのです。
それが想像できない人は、涙がないに違いない。
喜んで買ってる主婦に言いたいのは、あんたの旦那の給料
だって、めぐりめぐって下がる可能性あるんだよ。
いいものが100円で買えたって意味がなくなるかもしれない。
だとしたら笑顔で買い物など出来ないでしょうと僕は言いたい。
そうでしょう。
僕は安くていいものというのを否定しているわけではないです。
安い方がいいに決まっている。
でも、なんでもかんでも安ければいいというものではないと思う
のです。
安いということは、それなりになにかしら歪みがどこかに来ている
ということなのですから。
最近は、スーパーで食料品が軒並み値下げに踏み切っています。
安く食品が買えることはいいことです。
でも、いいことばかりではないのも確か。
個人で営業してる野菜屋さんや果物店や魚屋さん、肉屋さん。
モロに打撃を受けているでしょう。
食料品が値下げをしている中、牛乳は値上がりをしています。
酪農家の人達があまりにも牛乳の価格が安すぎてやっていけ
なくて廃業してしまう。
そして、それは牛乳の価格を上げることになってしまっている
のが現実。
これが現状。
なんでもかんでも安くしろ安くしろといっても元がつぶれてしまって
はなんにもならないではないですか。
こうした現実があるというのは、今の日本の世の中に涙が
ないからでしょう。
人間同士においても経済にしても、あまりにも涙がなさ過ぎます。
最近、そんなことを思いました。
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